KyberNetworkの概観
KyberNetworkは、一言で表現すると「支払い機能を有するDEX(分散型取引所)」です。取引所としても利用できるし、決済プラットフォームとしても利用できるものを目指しているように思われます。
KyberNetworkは次のようなことを解決しようとしています。
- 中央集権のリスク
中央集権のリスクとは、例えば、取引所内での内部犯行やハッキングがこれに当たるでしょう。身近なところでは、Mt.Goxのマルク・カルプレス氏が自身の口座残高を水増しした可能性に関して私電磁的記録不正作出・同供用の罪に問われていることや、最近では、CoincheckのNEMが不正アクセスにより盗難被害にあったことなどが事例と言えます。こういったリスクから解放することがKyberNetworkの一つの目的です。 - 即時取引の欠如
取引所では、基本的に資金(暗号通貨)の移動にすぐに応じてくれることはありません。多くのケースでは、資金移動の確認作業やコールドウォレットからの取り出しなどで時間がかかります。こういった待機時間を限りなく0にすることも、目的の一つです。 - DEXの問題
イーサリアム上にDEXを実装するプロジェクトは複数ありますが、レイテンシに基づく外部操作の脆弱性、オーダーブックによる利用コスト増、あるいは仲介人を経る場合は信頼性の問題といった複数の問題点があります。KyberNetworkはこれらを包括的に解決しようとしています。 - 多種のトークンを所持することの問題
多種のトークンを所持することは、投資家にとっては兌換性の点で課題となるだけでなく、ICOをする側にとっては受け入れるトークンを増やすことによるバクのリスクがあります。これらの課題を解決することも目的とされています。
特徴
KyberNetworkには、上述の課題を解決するに資するものを含めて、様々な特徴があります。
準備金という仕組み
オーダーブックの代わりに導入されるのが準備金です。オーダーブックというといわゆる「板」が卑近な例ですが、これはプラットフォームのユーザの出す注文を記録しておき、双方の納得する価格になった時に注文が成立する仕組みです。しかし、KyberNetworkではこの「板」に当たるものがありません。
ユーザの思惑があって、ユーザの資金を根拠に取引をしているのではなく、準備金という資金プールが複数あって、そのプールを管理する各マネージャの提示する交換レートのうち最も有利なものと取引をする仕組みです。
準備金のお陰で他の取引所では出来高の低いトークンでも、KyberNetworkでリストされていれば売買できるという安定感があります。ただし、表示される交換レートの根拠はユーザからしてみればブラックボックス(板のように見えるわけではない)なので、トレーダー視点では少々慣れないように感じるでしょう(そもそもトレーダーの利用を想定しているかはさておき)。
支払いにまつわる多彩な機能群
支払いAPIや新たなコントラクトウォレットが提供されます。これらのプロダクトを組合わせて実装される「あるトークンを別のトークンとして送金する」なおかつ「本人が送金したかのように見せる」機能は、支払いをする側/支払いを受け取る側の双方にとって、支払いの障壁を下げるというメリットがあるでしょう。
支払いをする側にとっては、相手が受け入れる暗号通貨やトークンに制限されないということを意味します。すなわち、任意のトークンでICOに参加したり、サービスを利用したりすることができます。
支払いを受け取る側にとっては、受け取る暗号通貨やトークンの種類を限定しながら、本来それらの暗号通貨やトークンを持たない層へのアクセスが可能になります。
これは、日本円しか持っていない人が、米ドルでしか支払いを受け付けていないお店で商品を購入できるようにするようなイメージです。現在は暗号通貨やトークンでの支払いは主流とは言い難い状況ですが、そういった支払い方法が浸透してきた場合は、持っている暗号通貨・トークンの種別を気にせずに経済圏を構築するためのプラットフォームとして活躍することが考えられるでしょう。
Kyberコントラクトの拡張性
一度デプロイしたコントラクトは変更ができません。これは、例えばETHのみを受け付けるとしたコントラクトは、将来ETH以外のあらゆるトークンを受け付けることができないということを意味します。
厳密には、他のコントラクトを読み込む等によってコントラクトの挙動を制御することは可能なのですが、開発が必要です。
その点で、Kyberコントラクトは拡張性に富んでおり、任意のトークンの追加/削除や、代理支払い機能等を有するため、既存コントラクトの開発者に対してさらなる開発を強いることがない(=将来発生する事象に対してKyberNetoworkを使うことで簡単に解決できる)点は強みと言えます。
KyberNetworkの使用感
利用開始まで
現在(2018/3/29時点)、KyberNetworkのβ版がリリースされており、利用することができます。対応している言語は、英語、中国語、韓国語、ベトナム語の4つ(HPやホワイトペーパーは英中韓の3ヶ国語に対応しているが、KyberNetworkメインネットの方はさらにベトナム語にも対応)。日本語表記はありません。
利用規約(Terms and Conditions)に同意すると、イーサリアムのアドレス(0xから始まる文字列)を連携する方法を選択できます。現在は、以下の5つ方法が提供されています。
- METAMASK(EthereumのID管理プラグイン)
- JSON
- TREZOR(ハードウェアウォレット)
- LEDGER(ハードウェアウォレット)
- KEY(プライベートキーを直接入力して連携するタイプ)
※ID・パスワードを登録して利用開始するような手続きに慣れていると、KyberNetworkではそういう手続きがないため戸惑うかもしれません。しかし、自身がプライベートキーを所有するアドレスを連携して使うことは、暗号通貨の世界ではごく一般的なことなので慣れてしまうのがよいと思います。
METAMASKは勝手に連携してくれるため、手続きが非常に簡便に感じました。Ledger Nano Sも連携を試みましたが、エラー(error occurred)と表示され、うまくいきませんでした。(Ledger Nano Sは最近firmware1.4.1へのアップデートがあったため、そことの兼ね合いがあるのかもしれません。)
ネットワーク内部について
ウェブサイト全体の簡単な説明
現在は、取引所(交換所)のシステムのみ(厳密に言うと、交換とトークンの送金システム)が稼働しており、決済に関するシステムは提供されていません。ウェブサイトは以下のようになっています。
上段白地の部分に自身のアドレスと残高、リストされているトークンを表示する箇所です。画像ではETH~MANAまでの8つだけがリストされているように見えますが、右下のプルダウンを開くとこれ以外にも出てきます。
中段青地の部分は、現在提供されている唯一のサービスである交換所の機能です。画像は0.013466ETHを5KYC(交換レート1ETH=371.3136KNC)に交換しようとしているところです。交換レートはKyberNetwork側で提示してくれます。
さらに「Advanced」のところをオンにするとMin Rate(最小レート)を設定したり、gas price(トランザクションの処理速度に影響)をslow/standard/fastの3つから選択することができます。
下段白地の部分は最近あった取引が表示されています。この取引は他のユーザが行ったものも表示されます。ウォッチしている様子では、だいたい1時間に5件~10件程度の取引数といったところで、出来高も多くはありません。まだまだ生まれたてのβ版だということを感じさせられます。
リストされているトークン
随時増えているようですが、2018/3/29 1:00時点では以下の15のトークンがリストされていました。(2018/3/31 3:00時点では新しくADX、AST、RCN、ZIL、LINKの5つがリストされています。)
- BAT(The Basic Attention Token、時価総額22位)
- KNC(KyberNetwork Crystal、時価総額30位)
- EOS(EOS、時価総額1位)
- SNT(StatusNetwork、時価総額17位)
- ELF(ELF、時価総額31位)
- POWR(Power Ledger、時価総額38位)
- MANA(Decentraland、時価総額60位)
- OMG(OmiseGo、時価総額6位)
- REQ(Request、時価総額34位)
- GTO(Gifto、時価総額77位)
- RDN(The Raiden Network、時価総額61位)
- APPC(Appcoins、時価総額104位)
- ENG(Enigma、時価総額37位)
- SALT(SALT、時価総額32位)
- BQX(Ethos、時価総額25位)
※上記()内の時価総額は2018/3/29 01:00時点のEtherscanのデータに基づくものです。時価総額はEthereum ERC20トークン内での順位であり、Bitcoinを始めとする暗号通貨等と比較したものではありません。
いずれもEthereumのトークンで、Etherscan TOKENタブの1ページ目や2ページ目に表示されているようなメジャーなトークンがリストされています。
交換所としての機能について
現時点で確認した範囲では、ETHと何らかのトークンペアの交換機能は提供されているものの、トークン同士の交換はまだサポートされていないようです。
また、板はなく、出来高や値動き(チャート)は表示されませんので、いわゆる「取引所」の雰囲気とは異なります。誤解を恐れずに言えば、雰囲気はbitFlyerやCoincheckの交換所(企業側からレートが表示されていて日本円で仮想通貨を購入するシステム)に近いでしょう。
ただし、bitFlyerなどの交換所の場合は企業のデータベース内の処理になりますが、KyberNetworkではきちんとブロックチェーンに刻まれます(ごまかしが利かない、ということです)。
実際に交換してみて
私も実際に交換(ETHをKYCに交換)してみました。トランザクションはこちら。
Gas priceをslow(2gwei)にしてみたのですが、1分かからずに交換完了しました。fastはもっとトランザクションが増えた状況で、早いうちに交換したいという希望があれば使うことになるでしょう。
また、チャート等はなく注文システムもないため、やはり取引所というよりは交換所だなという印象でした。ただし、出来高を備えたチャートを作ることは不可能ではないでしょう。あくまで現在はいわゆる取引所らしくはない、ということです。
なお、Pilot版ではKGTトークンを持っている人だけがKyberNetworkを利用できましたが、現在は誰でも利用可能です。
所感
whitepaperの和訳からKyberNetoworkのβ版の機能を実際に触ってみた感触としては、以下のようなところです。
- 現在は単なるETHとトークンの交換所で強みはない
コンセプトは面白いが、現時点ではまだ単なる「ETHとトークンの交換所」にすぎず、強みとなる機能はありません。ただし、任意のトークンペアのサポートはフェーズ2(2018 Q2)であるとホワイトペーパーにも明記されており、齟齬をきたすものではありません。 - 開発状況は可もなく不可もなく
現在(2018/3/31)はホワイトペーパーのフェーズ1にあたり、メインネットの稼働事実、リストされているトークンの知名度、ホームページ上にある各キャピタルとの提携状況を考えると、計画通りに進んでいると考えています。 - Q2でどれだけ多くのプラットフォームに取り込んでもらえるかがカギ
間もなく迎えるQ2ではトークンペアのサポートが予定されていまず。これは、強みの一つではあるものの、KyberNetworkを使うクリティカルな理由とはなりえないでしょう(例えば、BancorでもERC20トークンの交換ができてしまいます)。
また、Q2では準備金のプラットフォームへの取り込みへのコミットが明記されています。KyberNetworkはプラットフォームに加わる準備金が多ければ多いほどステークホルダーが利益を享受できるシステムなため、この点の成果が重要と考えます。 - ICOの決済プラットフォーム以外のユースケースが欲しい
ICOの決済プラットフォームとしてのユースケースが、開発者が主に想定しているユースケースだと思われますが(ホワイトペーパーでも頻繁にICOに触れている)、世界的にICOに対する規制強化の動きが活発化しており、ICOのための決済プラットフォームという位置付けだけでは不安が残ります。他のユースケースで存在感を示せるかが今後重要になると考えます。