ファクト 調査

CC事件の展望・考①

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前提

Coincheck NEM流出事件について考えるべき論点は複数あるが、今回はCoincheckユーザの視点から考えてみたい。
なお、簡明のため今回対象とするユーザはCoincheckの取引アカウントを有するものであって、何らかの資産をCoincheckで保有しているものに限定する。

ユーザは保有している資産の別によって、2018/2/22(木)時点で大きくa~oの15パターンに分類できる。

パターン JPY BTC NEM 左記以外
a × × ×
b × ×
c × ×
d × ×
e ×
f ×
g ×
h
i × × ×
j × × ×
k × × ×
l × ×
m × ×
n × ×
o ×

いずれのパターンにおいても「Coincheckで保有している資産が毀損されるか」ということが最も関心の高い論点となるだろう。しかし、資産の意味するところが異なっているため、具体的な論点も少しづつ異なってくる(異なる、というよりはパターン別に共通の論点もあればそうでない論点もある、という方が正しい)。

一方で、これらのパターンが切り分けられないまま議論が行わるため、かえって状況が複雑になっているのではないかと思う。

本稿では、特に日本円を入れている場合(すなわち、上表でJPY=○となっているパターン)に焦点を当てて、論点を明らかにしたい。
BTC、NEM、その他の暗号通貨のケースは後の記事にて触れたいと思う。

日本円を入れている場合

1.「Coincheckに入れている日本円が毀損されるか」(解決済)

事件発生当初の論点。

【考察】
これについては、2/9(金)にCoincheckが発表した通り、2/13(火)から日本円の出金が再開されたことにより解消された。すなわち、日本円を出金することで、Coincheckがいかなる結末を迎えても財産を毀損される心配をする必要がなくなる。これに伴い、次の論点2が発生する。

2.「日本円がロックされている間の逸失利益を取ることは可能か」

論点1の解消によって移った現在の論点。

【考察】
a.日本円をロックする理由の正当性をCoincheckとユーザ間で締結した契約(利用規約)に基づいて否定できるかが主な争点

  • Coincheckのアクションと主張
    Coincheckのpressを追うと、以下のように公表されていることが分かる。1/26(金)、日本円・仮想通貨の出金を停止。理由は明かさず。
    1/30(火)、出金停止は自社判断であることを告知。理由は明かさず。
    2/3(土)、日本円出金に伴う技術的な安全性等について、確認・検証中であり、再開に向けた準備を進めている旨を告知。
    2/9(金)、技術的な安全性の確認を完了し、2/13(火)から出金再開を告知。
    2/13(火)、記者会見後、出金再開。また、記者会見では「出金停止について、妥当だったか、何かあってやむを得なかったのか」という質問に対し、大塚COOは「お客様の資産をまず第一に考えて、我々としては妥当として、これ以上被害が及ばないようにするためにも止めるのが妥当な判断だと思ってさせていただいた」と回答した。
    以上を踏まえると、Coincheckの主張としては、日本円を含む全通貨の出金停止は、被害の拡散防止のために下した妥当な判断であるとしていることが分かるとともに、日本円の出金の技術的安全性の検証のためにいったん資金をロックし、安全性が確認されたから出金を再開するというのはひとまず筋は通っている。
  • Coincheckの利用規約
    Coincheckの利用規約で、本件に関すると思われる部分は、以下の4つである。
    ・第2条(定義)1(6)
    ・第8条(ユーザ口座)4
    ・第14条(サービスの停止等)1
    ・第17条(免責)5
    各条項を見ていこう。

    第2条(定義)
    1 
    本規約において使用する以下の用語は、それぞれ以下に定める意味を有するものとします。
    (6) 「本サービス」とは、当社が提供するCoincheckという名称の、仮想通貨の売買の場を提供するサービス、これに関して登録ユーザーの金銭又は仮想通貨の管理をするサービス、その他関連サービス(理由を問わずサービスの名称又は内容が変更された場合は、当該変更後のサービスを含みま
    す。)を意味します。

    本条項によれば、Coincheckのサービスは、仮想通貨の売買の場を提供するサービス、これに関して金銭又は仮想通貨の管理をするサービス、その他関連サービスを指すとしている。

    第8条(ユーザ口座)
    4 合理的な理由に基づき当社が別途通知した場合を除き、前項の金銭の払戻しは、依頼日から原則として2銀行営業日を要します。また、前項の仮想通貨の送信は、同様の場合を除き、購入後即座に行うことができます。但し、払戻し又は送信の依頼にかかわらず、ユーザー口座内の金銭又は仮想通貨に不足が発生している場合には、当社は、当該払戻し又は送信の依頼を取消すことができるものとします。

    本条項によれば、日本円の払い戻しは原則として2銀行営業日を要するとしており、例外として合理的な理由に基づき別途通知した場合を挙げている。これは、論理的には、「日本円の払い戻し申請から3銀行営業日以上かかっている場合は、合理的な理由に基づき別途通知した場合である」と解釈できる。

    理由が発表されたのは2/3(土)であるため、(理由が合理的だとしても)出金申請から3銀行営業日以上経過に該当する1/31(水)以前に出金申請したユーザを相手とする場合、Coincheckにとって弱点となると考えられる。

    1/26(金)時点で出されたpressにある原因究明を最優先とする旨を以て理由とする向きもあるが、原因究明と日本円出金が両立できないことを示す理由(日本円出金停止の必要性)を述べるものではなく、理由としてはやや弱いと考える。

    第14条(サービスの停止等)
    1 当社は、以下のいずれかに該当する場合には、登録ユーザーに事前に通知することなく、本サービスの利用の全部又は一部を停止又は中断することができるものとします。
    (1) 本サービスに係るコンピューター・システムの点検又は保守作業を定期的又は緊急に行う場合
    (2) コンピューター、通信回線等が事故により停止した場合
    (3) 火災、停電、天災地変等の不可抗力により本サービスの運営ができなくなった場合
    (4) ハッキングその他の方法により当社の資産が盗難された場合
    (5) 本サービス提供に必要なシステムの異常の場合
    (6) アカウントの不正利用等の調査を行う場合
    (7) 仮想通貨の流動性が低下した場合
    (8) その他、当社が停止又は中断を必要と判断した場合
    3 当社は、本条に基づき当社が行った措置により登録ユーザーに生じた損害について一切の責任を負いません。

    ハッキングによるNEM盗難であることから、第14条(サービス停止等)1の(4)のケースに該当する。従って、登録ユーザに事前に通知せずにサービスを停止したことは正当化できると考えられる。

    以上をもとにすると、主に第2条1、第8条3、第14条1を絡めてユーザとCoincheckのぶつかるところだろう。ぶつかり方としては次の2つのケースが考えられる。

    ①1/31(水)までに出金申請したユーザの場合

    この場合は恐らく、第14条1,3と第8条4のどちらの効力が強いかが焦点になりそうである。

    Coincheck側 ユーザ側
    主張 逸失機会の損失を補償する必要はない 逸失機会の損失を少なくともサービス停止から理由が明かされた時期までの分(1/26~2/3)は補償する必要がある
    根拠 ①出金はサービス(第2条1)に該当する。
    ②サービスはハッキングに遭った場合、事前に通知することなく停止することができ(第14条1)、本条の措置によって生じた損失の責任はない(第14条3)。
    ①出金はサービス(第2条1)に該当する。
    ②日本円の払い戻し申請から3銀行営業日以上かかっている場合は、合理的な理由に基づき別途通知が行われた場合(第8条4)であり、通知が行われたのは2/3である。
    論理 出金はサービスであり、今回のハッキングでは通知を出すことなくサービスを停止することができる。
    また、ハッキングによるサービス停止によって生じた損失の責任はない。
    従って、全て利用規約に沿って行った措置であり、利用規約にある通り逸失機会の損失を補償する必要はない。
    出金はサービスであり、日本円の払い戻し申請から3銀行営業日以上かかっている場合は、合理的な理由に基づき別途通知が必要である。
    しかし、3銀行営業日以内に通知が行われていない。
    従って、利用規約第8条違反するため、逸失機会の損失を少なくともサービス停止から理由が明かされた時期までの分(1/26~2/3)は補償する必要がある。
    ②1/31(水)よりも後に出金申請したユーザの場合

    この場合は、「合理的理由に基づく別途通知」が第2条1の本サービスに含まれるかが焦点になろう。ただし、第2条1では金銭又は仮想通貨の管理をするサービスも挙げられており、通知が管理の一環とみなされる可能性の方が高いように思う。

    Coincheck側 ユーザ側
    主張 逸失機会の損失を補償する必要はない 逸失機会の損失を少なくともサービス停止から理由が明かされた時期までの分(1/26~2/3)は補償する必要がある
    根拠 ①出金はサービス(第2条1)に該当する。
    ②サービスはハッキングに遭った場合、事前に通知することなく停止することができ(第14条1)、本条の措置によって生じた損害の責任はない(第14条3)。
    ①出金はサービス(第2条1)に該当する。ただし、払い戻し遅延に関する合理的理由に基づく別途通知はサービスではなく、責任がある。
    ②日本円の払い戻し申請から3銀行営業日以上かかっている場合は、合理的な理由に基づき別途通知が行われた場合(第8条4)であり、通知が行われたのは2/3である。
    論理 出金はサービスであり、今回のハッキングでは通知を出すことなくサービスを停止することができる。
    また、ハッキングによるサービス停止によって生じた損失の責任はない。
    従って、全て利用規約に沿って行った措置であり、利用規約にある通り逸失機会の損失を補償する必要はない。
    通知はサービスではないのでサービス停止中であっても行う必要がある。
    これを行わないことは利用規約第8条4に違反している。
    従って、逸失機会の損失を少なくともサービス停止から理由が明かされた時期までの分(1/26~2/3)は補償する必要がある。

    第17条(免責)
    5 当社は、当社による本サービスの提供の中断、停止、終了、利用不能又は変更、登録ユーザーのメ ッセージ又は情報の削除又は消失、登録ユーザーの登録の取消、本サービスの利用によるデータの消失又は機器の故障若しくは損傷、その他本サービスに関連して登録ユーザーが被った損害につき、賠償する責任を一切負わないものとします

    本条項は、Coincheckの提供するサービスに関連してユーザが被った損害について、賠償する責任を否定する条項。サービスの停止及び中断という点に関しては第14条1、3と重なるところがある。

b.Coincheckの利用規約が法的に有効かがもう一つの争点

Coincheckは利用規約を作成しているが、これらの個別条項が法的に有効であるかがもう一つの争点となる。これには、経済産業省がリリースしている「電子商取引及び情報材取引等に関する準則」が参考になろう。当該資料によれば、以下の3つのケースで個別条項が無効になるケースがあるとしている。

①消費者契約法第8条、第8条の2、第9条、第10条などの強行法規に抵触する場合は、その限度で当該条項の効力が否定される。
②具体的な法規に違反していないとしても、契約中の利用者の利益を不当に害する条項については、普通取引約款の内容の規制についての判例理論等に鑑み、無効とされる可能性がある。
③公序良俗に反する内容の契約条項は、民法90条により無効となる。

今回のケースで関連してくるのは①で、特に消費者契約法第8条であろう。条文は以下のとおりである。

第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
五 消費者契約が有償契約である場合において、当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には、当該消費者契約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。次項において同じ。)に、当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項

債務不履行による損害賠償は民法415条に「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする」と規定されている。

不法行為による損害賠償は民法709条に「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定されている。

1/31(水)までに出金申請をしたユーザの場合は、Coincheckが「通知をしなかったこと」が債務不履行にあたるのかが焦点になろう。債務不履行に当たるのであれば、消費者契約法第8条または第8条2に基づき、利用規約第14条3、第17条を無効にできる可能性がある。無効にすることができれば、Coincheck側の主張を破ることができると考えられる。

1/31(水)より後に出金申請をした場合は、通知をサービスとする立場をとれないので、「通知をしなかったこと」が債務不履行にあたるという観点からの追及は難しい。従って、通知の責任がある(法的に問題がある)という観点から、不法行為であるという立場で進めていく必要があろう。ただし、通知の責任を法に求めることは難しいように思う。

c.資産のロックは法的に問題ないのかが一つの争点

資産の出金停止自体については、これを違反とする法律がなく、対応を否定できない可能性が高いと考える。一方で、出金停止を肯定する法律もないため、Coincheck側も出金停止の措置を法的に肯定できない可能性が高い.

結局のところ、論点1や2で挙げた内容をもとに争うことになると考える。

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